ブログを書くコツ 「あの人だったらどう書くだろう?」を考えてみる。

ブログ作りとライティング
スポンサーリンク

ブログなどの書き物には、嫌でも自分の個性が出るものです。

私は「共感してもらいたい」というオープンマインドでブログを書いている(つもり)ですが、ときどき姑息で卑屈な性根が顔を出し、シニカルな批判や自虐で逃げようとするところがあります。

 

が、自分のイヤなところやダメなところばかり見ていてもしょうがない。
こういうときは「あの人だったらどう考えるだろう?」「どう書くだろう?」が効きます!

映画でその発想の転換方法を考えてみました。 どうぞ。

 

スポンサーリンク

主人公パーソナリティの違いで、映画の印象はこうも違う


-TheKobalCollection/WireImage.com

参考にするのは、1999年の映画『リプリー』(写真)と、1960年の映画『太陽がいっぱい』です。

この2作品は同じ原作(パトリシア・ハイスミスの『The talented Mr.Ripley(邦題:太陽がいっぱい)』1955年)です。

『リプリー』と『太陽がいっぱい』のザックリとしたストーリー紹介

イタリアに行ったまま帰らない放蕩息子ディッキーを連れ戻そうと、アメリカ人富豪が雇った青年トム・リプリー。

トムはディッキーの派手な生活や恋人マージに憧れを抱き、その憧れがゆがんだ欲望を引き起こし、ディッキーを殺害してしまいます。

殺害の事実を隠すために、ディッキーになりすますトム。

しかし、ディッキーの友人にそのことを気付かれ、殺害ー。

トムは破滅に向かっていきます。

主人公のパーソナリティの違いを見比べてみる

『リプリー』でトムを演じるのは、マット・デイモン。一方、『太陽がいっぱい』はアラン・ドロンです。

マット版のトムが「冴えないヤツ」なのに対し、アラン・ドロンは「危険なヤツ」。

冴えないマットのディッキーへの思いは、まぎれもなく「恋人を求める愛」です。

一方、危険なアランは「野心の塊」で、愛情の対象はディッキーの恋人マージ、あるいは、ディッキーの財産です。

殺害に至る動機も両者では異なり、マットは「過失」、アランは「計画的」です。

 

主人公のパーソナリティというのは、話(映画や小説)の軸になる部分で、ココに一貫性がなければ主人公の行動を理解することや、ましては共感することはできません。

まったく異なるパーソナリティの主人公が同じストーリーを歩むー、この2つの作品をぜひ見比べてみてください。

 

◆愛ゆえの破滅が切ない

 

◆野心による計画的犯罪がゾクゾクする!

スポンサーリンク

あの人だったらどう書くだろう?と考えて、自分の殻を破る

文章を書くときに、自分のパーソナリティを変えることはできませんが、「あの人だったらどう書くだろう?」と考えるのは発想のヒントになります。

文豪や著名人に限らず自分と異なる誰かを想定して、切り口や言いまわしにその人っぽさを加えてみるー。これが、自分の思考の殻を割る突破口になるのです。

 

◆文章を”誰か”に寄せてみた例はこちらです

また、これとは逆の発想で、他人の書いたものを自分のパーソナリティ全開で書き直してみるという方法もアリです。

すると、「自分だったらこう表現する」「もっとこういう言葉を加える」という手直しだけでなく、自分では気付かなった(元の)書き手の意図が見えてくるでしょう。

 

スポンサーリンク

まとめ

ブログなど自分が書いたものを読み直してみると、粗ばかりが目立って「結局何が言いたいんだろう?」「自分が書きたいことって何なの」と悩んでしまいがちです。

そんなときは思い切って「あの人だったらどう書くだろう?」を試してみませんか?

 

タイトルとURLをコピーしました