「子供を産むか 産まない か」は、大きな問題?【非おばさん的中年女性論】

「子供を産むか 産まない か」は、大きな問題?【非おばさん的中年女性論】

初対面の人やそれほど親しくない人に、「お子さんは?」と聞かれることがあります。

そのたびに「あ、子供いないんですよ」とサラッと答えるのですが、先日、久しぶりに時代錯誤な一言が返ってきました。

「あら、どうして?もったいない」

ん?もったいない? こっちが「あら?」ですよ。

若いころは50代のおばさんたちに散々こうした言葉をかけられたけれど、私はもう50歳、おばさんですよ。いや、おばさんじゃない。中年女性ですけどね。

「子供を産むか産まないか」は、女性の人生における大きな選択といわれます。

が、私は確固たる意志をもって「子供を産みません!」「子供のいない人生を送ります」と決めたわけではありません。

「多分、子供産まないだろうなー」のまま、この歳になった、というしだいです。

そんな私は、政治家たちの問題発言や「産まない自由」がメディアでセンセーショナルに取り上げられるたびに、「子供を産むか産まないか」はそれほど大きな問題なんだろうかと思います。

もうすぐ生物学的に産めなくなる身でナンですが、「子供を産むか産まないか」は結論を出さないといけない問題なのでしょうか。

少子化とか、環境問題とか、日本経済とか、じゃなくて、女の人生としてー。

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子供が苦手。 私が「子供を産まない」理由

「私は子供がキライ」というと、さすがにイメージが悪すぎるので「子供が苦手」ということにしています。

子供を産まない理由も多分そこにあると思っています。

大騒ぎしていたかと思えば、急に人見知りをして泣き出すとか、マジでわからんです。子供!

ジーっと見てくるので勇気を振り絞って微笑んだのに、無視かよっ!
この微笑みをどうすりゃいいのさ。私にも世間体っちゅーもんがあるんだよ。わかる?赤ちゃんよ。

私は子供がキライ、いや、苦手です!

俳優、伊武雅刀 による「私は子供がキライだ」の歌い出しの懐かしいこの曲。あの重厚感のある声で「なぜ子供がキライか」が延々と続きます。

そうそう! 思ってしまいますが、が、この曲の真意は「子供がキライ」ではなく、「そう歌っているアンタも、昔は子供だったんでしょ」というパラドックスにあるのです。

そのことを忘れて、子供にあーだこーだ文句言うなんてカッコ悪いよ、と。

この歌が流行った1983年当時に比べると、現代は少子化が進み、子供が大事に育てられる社会になっています。

しかし、「子供が大事」「子供のために」と声高に言う今のほうが、ますます子供が生きづらくなっているのだから、そんな社会を作っている大人は、もっとカッコ悪いのかもしれません。

でも、子供は苦手です。

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「子供を産むか、産まないか」は結論を出さないとどうなる?

私は「子供が苦手」以外にはこれといった理由もなく「産む、産まない」を保留にしてきました。

幸いなことに、夫婦双方の両親を含め、身近に「子供はまだ?」とうるさく聞いてくる人はいませんでしたが、ときには「子供は苦手なんですよねー」というと、「自分の子供は違うわよ」という、もっともらしいご意見もあったり。

でも、それで「じゃ、産むわ」ともなりませんし。(当然です)

妊活に励む女性たちを見るたびに、積極的に「産みたい」と思わない自分はどこか欠陥があるんじゃなかろうか、とちょっとだけ悩んだりもしました。

そんなとき、ある出来事が!

当時7歳だった生娘の愛犬が、拾ってきた猫に「お乳らしきなにか」を与えはじめたのです。

その衝撃の光景を見て、「これが本能か!」「これが母性か!」と思い知りました。

もしここで占いとかスピリチュアルな方向に答えを求めたら、案外厄介なことになっていたかも。

が、とにかく「無理に結論を出すことでもない」と思っていました。

そして、「産めるリミット」がやってきます。

生物学的には「産める」としても、育てていく生活力や体力を考えると、30代後半がそのリミットだったと思います。

が、この時点でも「子供は産まない」と決めたわけではなく、「じゃ、産まないってことで」くらいの気持ちでした。

 

女性が子供を産むことに対する、政治家のトンデモ発言は後を絶ちません。

「子どもを産まない方が幸せじゃないかと勝手なことを考えて(いる人がいる)」「皆が幸せになるためには子どもをたくさん産んで、国も栄えていく」(by二階俊博 自民党幹事長)

とか、

「結婚しなければ子供が生まれない。人様の子どもの税金で(運営される)老人ホームに行くことになる」( by加藤寛治 衆院議員)

などの戯言には、多少モヤっとしますが、怒りを覚えることもなければ、当然ながら「産むわ!」となることもありません。

子供を産むか産まないかは、他人が、ましてや政治家がどうこう言う問題じゃない。

私は「子供を産むか産まないか」の結論を保留にしてきましたが、結果的に「産まなかったこと」をまったく後悔していません。

そして、「産まなかったこと」に責任をもって生きていこうと思っています。

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