立ち話はじゃま! それは「おばさんの証」です! 

立ち話はじゃま! それは「おばさんの証」です! 

スーパーの売り場の前で「立ち話」をしている中年女性を見ると、背後からジャーマン・スープレックスをお見舞いしてやりたくなります。

 

といっても、私も同じ中年女性。

 

スーパーのお肉売り場で「おばさんがおばさんにジャーマン・スープレックス」という光景はどう考えても美しくないので、他の方法を考えねばなりますまい。

 

思えば私は「立ち話」をすることがほとんどない。いや、まったくないと言ってもいい。

ご近所さんと会っても挨拶以外に話すことはないし、知人や友人といった「話したい相手」とは腰を据えて話す(注:地べたに座ってではないですよ)。

 

「立ち話しない派」代表としては、「する派」の意見をしっかり聞きたいところだが、「では、立ち話でー」となっては分が悪い。

しかし、立ち話を「するか、しないか」は、「おばさんか、中年女性かの境目」に大きく関係しているのではないだろうか。

 

「中年女性ではあるが、おばさんではない」と自負する私としては、この境目をうっかり超えてしまわないように「立ち話問題」を考えておきたい。

では、まいります。

 

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「立ち話はじゃま」という自覚がない「おばさん」

夕方の買い物時でそこそこ混んでいるスーパーの食品売り場。
カートで離合するのはやっとの幅しかない通路で話し込む二人の中年女性。

「ちょっとすいませ―ん」と声をかけるが、気づく様子はない。

なんとか脇を通ろうとすると、「や、っもう!ナニよっ」と言わんばかりに睨みつけてきた。

 

いやいや、文句を言いたいのはこっちですって。

このように立ち話をしている中年女性は、自分がじゃまになっていようとは1㎜も思っていないので、ちょっと接触しただけでも「ぶつかってきた!」と思うのだ。怖い怖い。

 

自分の行動を客観視できないというのは、まさしく中年女性の特徴。

「なによ、もう!」と睨むタイプのほかには、「イヤね、感じ悪っ、フフフ」と謎の笑みでかわすタイプや、「あーら、ゴメンなさいねー」と言いつつ話し続けるタイプなどもいる。

 

これほどまでに自己中心的な存在がほかにあるだろうか。

 

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立ち話おばさんに遭遇したら

ふつうに「通りまーす」と声をかけても微動だにしない「立ち話おばさん」へはどう対処すればいいのかー。

そこを通るのをあきらめる

かなり消極的な対処法ではあるが、最も合理的な方法はコレ。

 

立ち話おばさんが立ちふさいでいる場所の商品を取りたい場合も、時間をおいてあとからで行くことにする。

「立ち話がじゃまになっていることを思い知らせたい!」という野望がなければ、あえて戦わないことをお勧めしたい。

一声かけた後は無言で立ち尽くす

「立ち話がじゃまになっていることを思い知らせたい!」という野望はあるが、全面戦争は避けたい場合はコレ。
私もよくやる方法です。

 

「ちょっと通りマス……」が届かなかったときに、そのままそこに立ち尽くすー。

若干異様な光景だが、うまくいけばそこに自然渋滞が起こり援軍が加わる。

「ちょっと、じゃまだな……」とザワザワした空気が、立ち話おばさんへの一撃となるー、はずです。

「おばさん、じゃまです」と声をかける

最終手段はコレ。
全面戦争です。

 

ココで最も大事なことは「おばさん」というキーワードを使うこと。

 

「通りまーす」「通りたいんですけど」の声が届かないのは、それが自分に向けられた言葉とは思わないから。

人は夢中になって話している途中でも「○○さん」と声をかけられると、そちらに意識が向いて話を止めるという習性がある(話が長い相手に有効です。ぜひ一度お試しを)。

しかし、立ち話をしているおばさんの名前は分からない。

 

そこで、すべての中年女性が「ハッ!」とするキーワード「おばさん」発射!

自分も年齢的には「おばさん」であっても、です。

 

「えっ、おばさんって私?この人も大して変わらないじゃない?」と、相手が「おばさん」の一言に狼狽している隙に、目的の商品を手に取り、脱兎のごとく立ち去りましょう。

 

――――――

 

同じ中年女性から見ても、周りを顧みず「立ち話」を続ける姿は美しいものではありません。

「注意をされないから問題ないんじゃない」ーなんてことはなく、ほとんどの人は「迷惑だけど関わりたくない」と思って避けているだけ。

 

「おばさん」と言われるとムカッとするけど、それは「おばさん」と言われてもしょうがない行いをしているから、と考えるべきなのかもしれない。

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