若い人の意見や行動が理解できず、無性にイライラするー、そんな悩ましいお年頃の中高年。生きてる時間が長いほどいろんな知識や知恵が貯まっていくものですが、なにせ今の世の中は情報が多い、多すぎです。
上手いこと「必要な情報」だけを取捨選択しているつもりでいても、「いらない」と思ったことにとても重要な情報やヒントが埋もれていることに気づいて焦ったり、焦りとともにどこにもぶつけようのない苛立ちを世の中に還元したりしがちです。
同じ世代どうし、似たような職場環境や地域社会の中で自分の考えを熟成し、そこで「成功」を手にしてきた中高年は知らず知らずのうちに思考停止に陥っているのかもー。
そんな中高年に効くおすすめの映画をご紹介しましょう。
『25時』(2005年・アメリカ映画)
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麻薬の売人モンティ(エドワード・ノートン)は裁判で有罪判決を受け、明日収監される身です。刑期は7年。「イケメンはムショで掘られる」という話にかなり滅入っています。
「麻薬組織の元締めを教えれば、刑を軽くすることもできるよ」と警察にゆさぶりをかけられても応じない男らしさを見せる一方、「自分を売ったのは恋人のナチュレルかもしれん……」とわかりやすい揺れっぷり。
収監前夜、モンティは親友2人と馴染みの店で飲み明かし、かつて自分が命を救った愛犬をジェイコブ(フィリップ・シーモア・ホフマン)に託し、フランク(バリー・ペッパー)には「自分を密告したのはナチュレルと思うけど、今後の彼女のことヨロシクね」「俺みたいなイケメンは掘られるって聞いたから、顔を殴ってブサメンにして!」とお願いします。
明日からは今の生活がなくなるー。
その思い現実に直面したモンティにはさまざまな思いがこみ上げてきます。このまま刑に服すか、自殺するか、逃亡するか、モンティの決断はー。
「自分の犯した罪を償うためにムショに入らなければならない」という現実によってモンティは自分の心の奥底を知ることになります。けっこう往生際が悪くも思えるのですが、アメリカの麻薬社会では刑に服すことだけでは清算できない大きな闇があり、モンティはこの社会の鬱屈そのもののように見えます。
「いやいや、ムショに入るのは当然でしょ」と社会的な善悪はつく話なんですが、ここはモンティのようなクズ人生を送ってきたと全力で想像しながら「自分ならどうするだろうー」という気持ちでご覧ください。
あなたの知らないあなたが見えてくるかもしれませんよ。
『トゥルー・グリット』(2010年・アメリカ映画)
14歳の少女マティ(ヘイリー・スタインフェルド)は父の仇を討つために、ルーベン(ジェフ・ブリッジス)を雇い、そこに合流したラビーフ(マット・デイモン)とともに復讐の旅を始めます。
マティは願いどおり父の仇を討つことができますが、そのことが大きな代償の上にあることを思い知ります。
仇を銃で撃った反動で落ちた穴で蛇に噛まれたマティは、ルーベンによって医者のもとに運ばれていくなか、自分の復讐のために巻き込んだ仇敵の仲間たちの死骸を越え、自分のために激走した愛馬の死を目の当たりにし、自分が成し遂げたことのすべてを知るのです。
この映画(西部劇)と違い、現代には「仇討」なんてものはありません。かといって身の安全や心の平穏が約束された世の中ではありません。コミュニケーションが複雑化した現代のほうが不用意に誰かを傷つけたり傷ついたりしやすいものです。
自分とは違う立場の意見や考えを受け入れない中高年も「何かの代償の上に今がある」と、この映画で考えてみてはいかがでしょうか。
『汚れなき悪戯』(1955年・スペイン映画)

スペインの修道院に捨てられた孤児マルセリーノはある日、修道院の2階に十字架に貼り付けられたキリスト像があることに気づきます。マルセリーノはそれを「像」とは思わず、お腹を空かしているだろうと連日パンやワインを届けます。像はこれをペロリと平らげ、マルセリーノに「願いはあるか?」と問います。
「(死んだ)ママに会いたい」と答えるマルセリーノ。
そしてマルセリーノは像に抱かれ天に召されていきます。
この映画ではマルセリーノの「死」は、「救い」として描かれています。
自分の価値観だけでなく、宗教観や死生観を持つことで物語の捉え方は違ってくるでしょう。