『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』ジュノ・ディアス

本と読書

サブカルオタク青年が、凄まじい事態に見舞われる小説らしいー、たったそれだけの情報で読み始めたこの本。

オタクが不幸になる、というのはオタク擁護派(というかある意味オタクそのもの)の私であっても、決して想像できない話ではありません。

が、この小説の主人公オスカーの人生は、オタクゆえの不幸にとどまらず、一族に伝わる呪いとか独裁者が支配する世界とつながっています。

作者ジュノ・ディアスのオルター・エゴと思われる人物によって語られる物語の全編にちりばめられたオタク要素。それをくまなく拾う、執念さえ感じる注釈と翻訳。

2008年のピュリツァー賞と全米批評家協会賞の二冠に輝いた長編小説です。

 

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『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』のザックリとしたあらすじ

この小説は3部8章からなり、描かれている時代や中心人物が異なります。

 

子ども時代~高校卒業までのオスカー(第1章「世界の終わりとゲットーのオタク」1974-1987)にはじまり、母親の確執を抱えた姉ロラ(第2章「原始林」1982-1985)、その母の壮絶な若き日々(第3章「べリシア・カブラルの三つの悲嘆」1955-1962)。そしてふたたびオスカーの話に(第4章「感情教育」1988-1992)。

トルヒーヨ(ラファエル・トルヒーヨ 1891-1961 ドミニカ共和国の政治家)による独裁政治下の祖父アベラード(第5章「かわいそうなアベラード」1944-1946)の話をはさみ、最後は大学卒業後のオスカー(第6章「取り乱した者たちの国」1992-1995~第7章「最後の旅」~第8章「物語の終わり」)が描かれています。

 

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オタクは世界を救う!?

オタクが一文化を築いた今、オタクはもはや「モテない」存在ではありません。
が、このオスカーは、オタク独特のコミュニケーションスタイルと、デブでダサい容姿によって男子にはバカにされ、女子には声もかけてもらえない非モテ男子です。

 

が、ここはドミニカ。「ドミニカ共和国では童貞のまま死んだ男はいない」といういわれがあり(ホントか!?)、オスカーも出会う女のコに片っ端から好意を抱き、アプローチをするのです。

このあたりが生粋のオタク文化ニッポン!とは違うワケですな。
「好意」と書きはしましたが、オスカーの目的はキスやその先。
で、途中から「オレだったらー」と、謎のヤリチンの語り手が登場するのです。

 

そんなオタク男子オスカーに対し、姉ロラや母ベリら女性陣の人生は壮絶。(個人的にはこのパートが一番面白かった)

さらに祖父アベラ―トが生きた時代のドミニカの独裁者トルヒーヨの独裁っぷりが酷い。

「オタク」だ「モテ」だ「ヤル」だなんだといってた話が、気がつけば悲惨な現実社会に根差していることがわかり、愕然とさせられるわけです。

爺ちゃんや母ちゃんがこんな苦労をしてきたのに、オスカー、君はそれでいいのかよっ!

あ、私も人のことは言えませんが。

 

しかし、オスカーはめげません。オスカーには自分を救う世界、オタクワールドがある!
いや、オタクは世界を救うのです!

 

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作中にはさまざまなアニメ・映画・ゲーム・SFなどのサブカルが登場します。
(日本の『AKIRA』『宇宙戦艦ヤマト』『日本沈没』も登場!)

訳者はこれにかなり手こずったようですが、SF評論家でゲームデザイナーの岡和田晃が解説を担当。その恐ろしいほどの注釈が、まさにオタクパワー!オスカーには負けん!見たか、ジュノ・ディアス!といわんばかりの圧力でスンゴイんです。

ラテンアメリカ文学とオタク文化の奇跡の融合。

ぜひ、ご一読を。

 

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