『 熱帯 』森見登美彦 私はこの本を「読んだ」のではなく「体験」した

『 熱帯 』森見登美彦 私はこの本を「読んだ」のではなく「体験」した

平成最後の12月、私はある小説を読んだ。

作家、森見登美彦氏がかねてから書きたいと思っていた「小説」の小説で、「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」というフリが何とも思わせぶりな最新刊『 熱帯 』である。

 

謎の小説の話なんだろうなー、と軽い気持ちで読み始めたが、この本はとんでもなかった。

私は今こうしてブログを書いているが、本当にここにいるのだろうか。

この1週間を振り返ってみる。

 

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12月14日(金)第1章「沈黙読書会」を読む

12月14日だからといって、忠臣蔵だー、討ち入りだー、と盛り上がることは少なくなった。
テレビでも忠臣蔵の時代劇ドラマもない。

「仇討ち」は、現代では完全にモラルに反するし、騒動の発端となった浅野内匠頭は少々コミュ障っぽいし、宿敵、吉良上野介もモラハラ三昧だし、もう流行らないのかもねー、と思いながら森見登美彦氏の最新刊『熱帯』を読むことにした。

 

帯をとってカバーも外すいつもの読書スタイル。
普通は帯はすぐに捨てるのだが、この帯には森見氏の自筆で「我ながら呆れるような怪作である」と書かれている。捨てられん。

 

「汝にかかわりなきことを語るなかれ
しからずんば汝は好まざることを聞くならん」(引用)

という物々しい書き出しで始まる。

 

執筆に行き詰まった作家(つまり森見氏本人)には、学生時代に最後まで読むことなく紛失してしまった小説があるという。

『熱帯』というタイトルのその小説は、古書店で探しても見つからず、編集者に聞いても知らないという。
著者の名が佐山尚一ということだけがわかっているのだが、そのほかはまるで手掛かりがない。

森見氏はある日「沈黙読書会」に誘われる。

各人が本を持ち寄り「謎」について語る会だが、この会の決まりは、謎を明かしたり、解釈しないこと。謎は謎のままにしておくことである。

そしてその「沈黙読書会」で森見氏は、ある女性があの『熱帯』を持っているのを発見する。

ぜひ読みたいので譲ってほしい、貸してほしいとお願いするが、女性は「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」と言い、『 熱帯 』について語り始める。

かくして彼女は語り始め、ここに『 熱帯 』の門は開く。

 

―――――――

 

これはトンデモなく面白い話だと思った。大事に読みたい。

冒頭の物々しい書き出しは『千一夜物語』からの引用であり、森見氏はこの物語もまた「謎」の本だという。

『千一夜物語』は読んだことはないけれど、その中には「アラジンと魔法のランプ」や「シンドバッドの冒険」「アリババと40人の盗賊」など子供の頃に聞いた話がある。

『千一夜物語』か……。

 

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12月15日(土) 第2章「学団の男」を読む

ブログ(『あの家に暮らす四人の女』三浦しをん)を書き、午後から『熱帯』の続きを読む。

 

鉄道模型屋で働く女性、白石さん登場。
白石さんは店の常連客、池内氏と出会う。

池内氏は読書好きで記録魔である。読んだ本について細かくノートに記録し、ことあるごとに読み返している。
で、この池内氏がこうやって細かくノートをとるようなきっかけとなったのが『熱帯』であるとー。

池内氏は『熱帯』を最後まで読めておらず探しているという。
その話を聞いた白石さん「それ、読んだことあるような……」

池内氏は白石さんをある読書会に誘った。
「学団」と名付けられたその集まりには、古書の蒐集家である中津川、大学生の新城、そして謎のマダム海野千夜がいた。

この学団は『熱帯』がどういう本であるかを追っている。
それぞれが『熱帯』の記憶を語り合い「サルベージ」していく。
「無風帯」「砂漠の宮殿」「満月の魔女」などの記憶の断片が浮かび上がってくる。

そんなある日、千夜が「私の『熱帯』だけが本物なの」という言葉を残して姿を消した。
千夜にはかつて佐山との接点があり、行先は京都であることに気づいた池内氏は後を追う。

置いてきぼりになった白石さんのもとに池内氏からノートが届く。

これを読み始めるところで2章は終わる。
池内氏のノートを読めば「謎」は明かされるのだろうか……。

 

―――――――

 

多くの「謎」が一向に解決しないまま、登場人物それぞれの『熱帯』を語りだす展開。

で、やっぱり京都に行くんかいっ!

 

なお、この日、都内某所で「沈黙しない読書会」が開かれたらしい。

森見氏と、選ばれし40名の読者が『熱帯』についてくんずほぐれつするのであろう。なんとも羨ましい。

 

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12月16日(日)

今日は読書をお休みして競馬に興じる。

 

有馬記念まであと1週間。早いな、1年。
この日は2歳チャンプを決める「朝日杯フューチュリティステークス(G1)」
注目の牝馬グランアレグリアに期待!
ーが、惜しくも3着。馬券も取れず。

 

しかし、こうしている間も『熱帯』のことが気になる。
池内氏は京都で手掛かりを見つけたのだろうか。

12月17日(月)第3章「満月の魔女」を読む

20日に締切りの原稿を書かなければならない。
ネタはモヤっとではあるが浮かんできているので、とりあえず書き始める。
なんとか昼頃に書き終えることができたので、明日最終チェックをして送信することに。

 

で、『熱帯』である。
もうこれをなんとかしなくては、他のことが手につかん!

 

池内氏の手紙には、千夜の行方を追う中で発見したことや出会った人の話が綴られている。
移動販売の「暴夜(アラビア)書房」古道具屋の「芳蓮堂」バー「夜の翼」

そこで佐山を知る人の話を聞くことになるが、ここからどんどん奥深いところに連れて行かれる(私)。

佐山と千夜の共通の友人である今西。今西によって語られる千夜の父、栄造。栄造の書斎にあったカードボックス。

カードに書かれた内容はー。

『熱帯』の謎を解く鍵を手にした池内氏は、ノートに書き記す。

 

―――――――

 

ここで3章は終わる。

話の中に話がある「入れ子構造」で、どんどん深みにはまっていく。もう出てこられないんじゃないかと思うほど。

 

整理するために、登場人物の相関図と何を話したのか、ザックリとメモを書いた。

いつもはこんなことはしない。こんなふうに本を読んだことはない。

これは池内氏の、いや、森見氏の策略だろうか。

 

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12月18日(火)第4章「不可視の群島」を読む

原稿をチャチャッとチェックして編集者に送る。
一応年末の挨拶を交わしたが、年内にゲラが送られてくるかも、という。年明けでいいのにな。

 

そのまま1本映画(『闇金ウシジマくん』)を見て昼食を食べる。

なぜこんなまどろっこしいことをしているかというと、『熱帯』へのウォーミングアップである。

昨日、ザックリを振り返りながらメモを取ったので大丈夫! 混乱することはない。

 

そうして4章を読み始めたのだがー。

 

舞台は京都ではない。東京でもない。
どこかに流れ着いた男の話になっている。

どうやらこの話は『熱帯』の本体のもよう。なんせここまでの「謎」がほとんど明らかになっていないので確証が持てないがー。

流れ着いた男には記憶がない。
男はその島の「観測所」で暮らす男、佐山尚一と出会う。

佐山はとりあえず「ネモ」と名乗ることにしたその男に、この島は「不可視の群島」の一部だと告げる。

魔王が<創造の魔術>によって作り出したこの世界と、それに挑む学団。魔王の娘、千夜。

3章までの人物が、この世界にも登場する。

そしてこの海から逃れようとするネモと仲間となった達磨君。

 

―――――――

 

話が変わっとるやないかーいっ!せっかくメモを書いたのに、あの展開は終わりかいっ!
と思いながら読み進める。

 

1章のめちゃくちゃリアルな世界から、2章、3章とちょっと不思議な世界に進み、4章は完全に摩訶不思議な世界である。

この世界から逃れようとするネモ同様、私も出たい!出口はあるの?

 

森見氏は、この『熱帯』の完成に8年を費やしている。

3章まではWeb文芸誌で連載していたが、体調を崩しスランプに陥る。
そこから7年を経て4章以降を書いたという。

連載をはじめた当初は、こんな展開は想像していなかったらしいが、ホントに、この話はどういう結末を迎えるのだろう。

 

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12月19日(水)第5章「『熱帯』の誕生」を読む

あろうことか二日酔いである。
こんなことで『熱帯』のクライマックスに挑めるのだろうか。

 

群島を出ようとしたネモと達磨君は別の島に到着する。

そこである老人の手伝いとして、海に沈む古道具のサルベージをする。

その古道具を買いとりに来た「芳蓮堂」の主人とともに島を離れるネモ。
ネモには魔王と同じ<創造の魔術>が備わっていることに気づき、ネモが創り出した島で千夜と再会する。
そこに海賊としてよみがえった老人が乗り込み、島は沈んでいく。

ネモは断片的に記憶を取り戻し、この世界を抜け出そうとするがー。

再び「観測所」のある島で目を覚ますネモ。

ネモはそこで手記を書く。

 

――――――

 

この手記がのちの『熱帯』になるのだけれど、そもそもこの世界は想像上の世界だったのだろうか。
だとしたら、森見氏や池内氏が途中まで読んだ『熱帯』は何だったんだろう。

 

『熱帯』が書かれた世界と、この世界は続いているのだろうか。

多くの謎を残したまま、この小説はこう締めくくられる。

 

そしてまた、かくして彼女は語り始め、ここに『 熱帯 』の門は開く。

 

私はこの本をたしかに最後まで読んだのだが、読み終わった自分がいる世界は、果たして元の世界なのだろうか。

 

どこか別の世界で、最後まで読むことができず『熱帯』を探しさまよっている自分いる気がしてならない。

謎は謎のままにしておくことである。

 

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