『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』川本三郎  ある個人的な動揺

本と読書

1971年8月21日、自衛隊の朝霞駐屯地で自衛官が殺害された。
犯人と目されたのは「赤衛隊」を名乗る新左翼グループ。
そして、ひとりの新聞記者がその事件に関与したことで逮捕された。

 

逮捕されたのは当時朝日ジャーナルの記者であった川本三郎氏。この本の著者です。

『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』は、川本氏が事件とその時代背景を綴った回顧録です。

あの時代を知らないのに、政治活動とも無縁なのに、まるで自分のことが書かれているかのように思えてしまうー、ここには「社会と自己」という普遍的な問題が綴られています。

 

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「取材記者」と「K」と「あの事件」

(1969年安田講堂を取材)目の前で自分と同じ考えを持った人間が極限まで自己懐疑をつきすすめていこうとしているときに、自分だけが安全地帯にいて「見ている」ことは苦しかった。(中略)機動隊の前を報道腕章を巻いて歩いてゆく”安全な”自分をまたしても嫌悪した。(『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』より引用)

同世代の若者が運動で命を落としていく。

映画や音楽の世界でも『イージー・ライダー』や『俺たちに明日はない』、 ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックスなど、理想を追い求めて死んでいく若者の姿に、著者は「安全地帯にいながらー」「権力(警察)に特権を保障されながらー」という自己懐疑を抱え続けます。

前半はそんな新人記者としての仕事と葛藤を描き、後半、事件の話へとつながっていきます。

 

1971年。

全共闘運動は衰退し、赤軍派によるより過激で直接的な活動に変化。取材にも緊張が強いられるようになる頃、著者はKと出会います。

京浜安保共闘のメンバーと名乗るKの話に当初から怪しさを感じつつも「宮沢賢治が好き」、「CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)の『雨を見たかい」』が好き」というKに著者は親近感を抱いてきます。

そしてKは「赤衛軍」という武力闘争組織を作り、自衛隊から武器を奪うことを計画。
半信半疑のままKのアジトを訪れた著者は、「赤衛軍」という名前の書かれたヘルメットと戦闘宣言のビラ、そして襲撃の武器となる刃物をカメラにおさめます。
そしてKは計画を実行ー。

事件後Kから連絡を受けた著者は独占取材を申し入れ、現場から奪ってきた警護腕章と自衛官のズボンを「記事の正しさを証明する証拠」として預かります。

 

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守ろうとしたのは「ジャーナリストのモラル」だったのか

取材の過程で知り合った男が殺人事件を引き起こした。警察はまだ犯人が誰だかまったくわかっていない。しかし自分は知っている。しかも事件後、犯人に会いインタビューまでした。この場合、ジャーナリストは犯人を警察に通報すべきなのか。(引用)

事件への関与が疑われた著者は、警察の捜査に対し、「ニュース・ソースの秘匿(取材上の秘密は絶対に外部にもらさない)」というジャーナリストのモラルを主張します。

が、朝日新聞社はこの事件を政治犯によるものではなく、単なる一般の殺人事件と判断。
Kへのインタビューを記事にすることができなくなった著者は、社内でも孤立していきます。

「Kは捕まったら自分のことを話すだろうか、Kのことを警察には話さなかった”信義”を守った自分に対し、Kもそうするだろうか」(引用)

こうした著者の思いもむなしく、11月に逮捕されたKはすぐに記者について自供します。

1972年1月9日、著者は証拠隠滅の容疑で逮捕。逮捕から10日後、すべての容疑を認めます。

 

自分を守るために「取材上知りえた情報」を結局権力に明かしてしまった。
最後の最後で権力に妥協し、屈服し、ジャーナリストのモラルを捨ててしまった。(中略)自分自身をジャーナリストだと胸を張っていうことはできないだろう……。(引用)

ジャーナリストのモラルに固執し、ジャーナリストだけを意識して行動している自分の青さと、「革命」にはおよそほど遠い「殺人」へ関与してしまった事実。

著者はKに失望するとともに、Kを信じた自分にも失望するのです。

(著者はその後裁判によって執行猶予付きの有罪判決を受け、朝日新聞を懲戒免職処分に。)

 

ある個人的な動揺

この本には2編の「あとがき」があります。
ひとつは1988年、雑誌「SWITCH」に掲載していたものを本書にした当時のもの。
もう一つは2011年の映画化を受けて22年ぶりに復刊することが決まってからのものです。

著者がこの時代をどう生きて、この事件をどう抱え続けてきたかが長い時間を経て振り返られています。

 

この本で語られている事件やその時代背景は、たしかに興味深いものです。
当時を知らないなりに、事件と時代とジャーナリズムのあり方を考え、今はどうなのかを考えました。

けれども、もっと個人的なことで、私は「動揺」したのです。
ここに書かれているのは、まるで自分の心の内ではないか、と。

権力や体制に従うわけでもなく、かといって抗うわけでもない。

「モラル」や「価値観」は、うまく生きていくための手段程度にしか思っていないのではないか。「狡い」自分を守るために「繊細」だとか「傷つきやすい」と思い込んでいるのではないか。守り通すことができなかった信念は、果たして信念と呼べるほどのものだったのか。人を信じれば信じてもらえる、とは限らないのに、そんなことを口にしてきたのではないか。

そうした気持ちに対し「あれは若かったからー」ということで蓋をしようとしている自分を見てしまったでのす。

「自己懐疑」や「自己批判」が狂気を生み出したあの時代の反動のように、自分を肯定することを良しとして育ってきた世代の私は、「自己肯定」が何なのか、今でも分かりません。

けれども、せめて「自分は間違っていた、間違っているのかもしれない」という迷いには正直でありたいと思うのです。

2編の「あとがき」まで読んで、私はそんなことを考えていました。

 

――――――

 

映画化作品についても一言。

2011年、主人公の記者沢田を妻夫木聡、事件を起こす青年梅山を松山ケンイチが演じています。

原作よりも、梅山(原作ではK)がかなり狡猾で、ともすれば沢田(川本氏)が「騙されてしまった可哀そうな俺、泣ける」みたいに見えてしまうのですが、それを補修するかのように置かれた終盤の映画的なシーンにはグッとくるものがあります。

また、原作では事件とは関係のない章立てで登場する少女モデル(忽那汐里演)も印象的。

が、この人のその後の人生って……(原作でどうぞ)。

 

『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』は、読んで見るもよし、見て読むもよし、です。

 

 

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