「この映画は脚本がダメ!」なんてことを言ってしまいますが。

批評を独学する

批評を独学している私による、ほぼ私のための超解説です。できるだけ噛み砕いたものを置いていきますので、興味のある方はどうぞ。

今回は映画の脚本について。

映画を作っているのは誰なのか? 監督や役者はもちろん撮影や編集、音響、衣装、大道具ど数多くの仕事によって完成するのが映画です。が、その「青写真」となるのは脚本。 脚本の良し悪しは映画批評の大きなポイントでもあるのです。

三幕構成 代表的な脚本の構成

多くの映画はこの三幕構成となっている。

第一幕 セットアップ 

このストーリーがどこに向かうのか、「ストーリー・クエスチョン」と呼ばれる重要な部分。
主人公が誰で、何をしようとしているのか、などの状況説明と問題の発生。
平均2時間の映画でいえば、開始15分あたりまで。

第二幕 ミドルポイント

「ストーリー・クエスチョン」に関して話が進んでいく部分。
大抵すんなりと事は運ばない。トラブルやピンチ、葛藤などが描かれる。映画の面白さの中核部。

第三幕 レゾリューション

「ストーリークエスチョン」が解決に向かう部分。大きな展開が不可欠。ラスト30分間。

「この映画、脚本がダメ!」って? 悪い脚本とは

「この映画、脚本がダメ!」と、わかった風なことを言ってしまいますが、脚本の良し悪しとはどこで決まるのでしょうか。三幕構成に沿って考えてみます。悪い脚本とは。

主人公が何をしようとしているのか、「ストーリー・クエスチョン」がわかりにくい

とにかくこれは映画への没入を困難にする。 あえてそういう”作り”がないわけでもないが、最悪見るのを途中でやめてしまいたくなる。

主人公他登場人物のキャラクターに魅力がない

ひどく凡庸でありきたりのことしかしない、言わない無個性なキャラクターは退屈。役柄でなく役者自身のキャラが立ってしまうのも脚本の力不足が一因か。

セリフが妙 現実味がない

状況を説明するためのセリフ(日本の刑事ドラマでおなじみのパターン。最近は映画にも多い)が多い。セリフの違和感は役者の演技力だけでなく、セリフそのものに原因があることも。

先の展開が簡単に読めてしまう

「コイツが犯人か」「次この人やられるな」 ミステリーやサスペンスで簡単に展開が読めてしまうのも脚本に原因が。

意表すぎる展開、禁じ手の乱用

一方、夢オチや急な多重人格説、双子でした、といった突拍子もない展開は許されない。

◆映画『プライベート・ライアン』は禁じ手ギリギリ!?
映画『プライベート・ライアン』

ココで一つこれは脚本としてどうなの? と思う映画を。

スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『プライベート・ライアン』 (1998年/脚本ロバート・ロダット) ノルマンディー上陸作戦を舞台に、青年兵士ライアンの救出に向かう兵士たちを描いた超名作です。

この映画、冒頭ある老人の墓参りシーンから”回想”というスタイルで話が進んでいきます。
主役はトム・ハンクス。ライアンはどいつだ?どこにいるのか? 三幕構成の「ストーリー・クエスチョン」とその盛り上げもバッチリです。

が、見た人はもちろんご存知でしょう。トム・ハンクスは戦死します。冒頭の墓参りをしていた老人はトム・ハンクスではくライアン(マット・デイモン演)だったとわかるのです。で、自分のために大きな犠牲をー、という感動に持っていくわけですがー。

ライアンよ、ずっと探されていたアンタがなんでそこまでの紆余曲折を知ってるの?語れるの?
トムに聞いた? そんなシーンありました? あの戦地でそんな余裕ありました?

名作にこんな細かいケチをつけるものナンですが、これはロバート・ロダットの脚本がそうなのか、スピルバーグ監督がそうしたのか、謎です。

伏線張りすぎ、見えすぎ、回収し過ぎ

巷では伏線回収至上主義、伏線回収信奉のような見方のあるが、やりすぎはいただけない。
主題に影響のある部分にとどめるくらいが適量ではないだろうか。

ラストは謎に包まれて……

これは判断が難しいところ。謎が残るから良いこともあるし、単にやりっぱなしかいっ! こちらもブン投げなくなることもある 。

監督と脚本家の関係

脚本家は脚本を書いた時点で自分なりの完成を見ています。そこを監督がどう手入れするか。結構いろいろあるようでー。

ジャック・ニコルソンが最高にカッコイイ映画『チャイナタウン』(1974年)では、ロマン・ポランスキー監督と脚本家ロバート・タウンが結末をめぐって激しく対立したと。

「このセリフはそんなテンションじゃないよな」といった演出レベルの齟齬はしょっちゅうあるようで撮影には一切口出ししない、現場にも顔を出さないという脚本家もいる。一方、脚本家が考えたストーリーを極力イジらない監督もいる。

脚本家と監督、共同で脚本を書くケースもあれば、ウディ・アレンのように自分で脚本を書く監督というのも数多くいる。

映画の「青写真」となる脚本。良いなと思う映画の「核」は脚本にあり、かな。

今回はここまで。

<参考文献>
 『映画技法のリテラシー』 1.映像の法則 2.物語とクリティック 
 『映画編集とは何か 浦岡敬一の技法』
 『アートを書く!クリティカル文章術』
 『映画史を学ぶ クリティカル・ワーズ』
 『現代映画ナビゲーター』
 『シネマ頭脳 映画を「自分のことば」で語るための』
 『Viewing Film 映画のどこをどう読むか』

タイトルとURLをコピーしました