胸糞映画から学ぶこと/ある軍団からの虫の知らせ/「出きる!」そうきたか!

まんざらでもない日記

2020年7月19日

後味の悪い映画や「見なけりゃよかった」と思う映画を「胸糞映画」と呼ぶ人がいる。
「クソ」という言いようはどうあれ、わからんでもない。
登場人物がみんな死ぬとか、正義が踏みにじられて悪がのさばるとか、事件や問題が解決せず闇につつまれていくとか、一般的に胸糞映画といわれるのは、そうした「バッドエンド」のもの。「見終わった後、しばらく鬱々としてしまった」という感想を抱くことは私もよくある。

が、これらを「見なけりゃよかった」と思うかというと、そんなことはなくて、むしろ「スゴイものを見てしまった」「アレはナンだったんだろう」としばらくはその胸糞感(いや、クソではない!)を存分に楽しむほうだ。

 

ネットでも言い争いや迷惑な人々など、胸糞話題は事欠かない。
で、それらの発端の多くは、人の不快感や危機感を煽る発言や行動にある。

が、不快感や危機感がいけないのではない。
それらが煽られたあげく、救いの手のごとく差し出される情報や人物が危険なのである。

胸糞映画も、隠されたメッセージや狙いが「わかる」と、胸糞がおさまってしまう。

胸糞は胸糞のままでいい。

安易な「わかる」をつかまず、不快感や危機感にいたぶられる耐性を胸糞映画で鍛えたい。

 

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「こうも災害が多いと、石原軍団もどこで炊き出しするかって、大変よね」
「いや、今はコロナもあるし、炊き出しとか無理じゃない?」
「それにもうみんなもう歳だしね、舘ひろしでも70歳超えてるらしいよ」

という話をつい数日前にしていたところ、その石原軍団が解散するというニュースが届いた。

虫の知らせかー、と思ったけれど、これまで特段、石原軍団について考えたこともなく、「炊き出しがー」というのも不謹慎なイジリである。こんな不届き者の私にわざわざ公表前に知らせるとはー。虫さんよ、知らせる相手が違うよ。

 

石原プロは来年の1月16日で看板を下ろすという。最後に盛大に炊き出しをするのだろうか。

 

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ヨーグルト系の健康食品のTVCMで、どう見ても健康そうな笑顔のジジイとともに出る「スッキリ出きる!」の文字。

この手のCMでは、絶対に「ウ○コがたっぷり出ます!」とは言えないわけで、「お腹がスッキリします」とか「さわやかな朝が迎えられます」とか、あたかもウ○コがたっぷり出ることを連想させる表現になっている。

各社、どのような「それらしい表現」を駆使するか楽しみにしているくらい(ヒマ)だか、この「スッキリ出きる」には、「そうきたか!」と思わされた。

 

「出きる(できる)」であり、「出る」ではない。

が、ふつう「できる」と書くなら「出来る」か「できる」である。「出」だけを漢字にすることはまずない。

「出きる」に、「出る(もちろんウ○コが)」「出しきる(もちろんウ○コが)」まで連想させるとは、なかなか巧みである。

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