おばさん的【クソコメント】の原因と対策

おばさん的【クソコメント】の原因と対策

こちらのTwitter。

 

秋元氏のこうしたプロデュース手法というか、もはや嗜癖については今さら言及する気はないけれど、このつぶやきに対するあるコメントには驚いた。

 

コメントの主は中年女性で、Twitter上で遺恨のある相手へのリプとして送られたもの。

若い女子は有名人やアイドルに憧れて「この人と結婚できたらいいなー」と思うのが「普通」

というのだ。

ご丁寧に文末には「女性ならわかるんじゃないの~?」とまでつけて。

 

普通?
女性なら?

 

これこそが固定観念ではないのか。

こうしたゆがんだ固定観念が女性蔑視を作り出しているというのに、まだわかんないの?

 

しかも同じ女性として、「女性を理解している」立場に立っているつもりでいるところも恥ずかしい。

同じおばさんとして、こっ恥ずかしいです。

 

なぜおばさんはこんなコメントをしてしまうのだろう?

 

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おばさん的クソコメントの原因 「意見の根底にある『固定観念』に気づいていない」

このコメントのように、「女性だったら」「若い女性はー」と決まった価値観で意見してしまいがちだけど、それは固定観念というもの。

社会経験が豊富で、そこで成功した人ほど自分の価値観がゆるぎないものになり、それを他人や社会全体に当てはめようとしてしまいがち。

 

けれども、「生き方」や「働き方」は、私たちが成人を迎えたバブル期と現在とでは大きく変わっている。

バブル期のおっさん、おばさんの成功話は、今の若者にとっては何の価値もないのだ。

お小言や批判ではなく、相手を理解、擁護する気持ちで発した言葉であっても、凝り固まった価値観よるものは、どこかズレていて恥ずかしく思えてしまう。

 

反射的に意見を言いたくなる時ほど、「コレって自分の固定観念じゃない?」と一呼吸おきたい。

 

おばさん的クソコメントの原因 「人の話をちゃんと理解していない」

ナリシゲさんがこちらで、「愉快なおじさん」でいるために、「挨拶、笑顔、人の話を最後まで聞く、の3つ」を勧めています。

 

 

おばさんも同じ。

おばさんは「挨拶」と「笑顔」に関しては「おじさん」よりもかなりデキると思うけど、「人の話を最後まで聞く」については「おじさん」以上に問題アリかも。

 

話を最後まで聞かずに「あー、それね、それはねー」と口を挟んだり、ときには「そんなことよりもさぁ」と全然違う話をブッコんだりしてしまう。特にご家庭において。恥ずかしながら我が家もそうです。

 

これは対面で話をするときに限らず、TVを見ているときも、ネットでブログやTwitterを読んでいるときもそう。

最後まで見ないで、自分に都合のいい結論をだしてしまいがち。

 

こうした「わかったつもり」は、正しく読むことの大きな障害になると、こちらの本で解説されています。

 

 

冒頭のコメントも「単純なファン心理としてー」というのなら理解もできるけど、元のツイートもリプした相手のツイートもそういう文脈ではない。

 

人の話をちゃんと最後まで聞かないと、ますます独りよがりな発言をしてしまうので気を付けたい。

 

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おばさん的クソコメントの原因 「隙あらば自分を語る」

固定観念にとらわれ、人の話を最後まで聞かすに、自分に都合のいい解釈をしてしまうおばさんは、その結果として何をするか。

 

それは「自分語り」だ。

 

人がその人の体験の中で思ったことや考えたことを語っているのに、聞き手、読み手側にいるはずのおばさんは「私の経験」に置き換えて語り出してしまう。

そしてその経験から得た価値観こそ、みんなが共有すべき価値観と思い込み「固定観念」を増大させていく。それが「固定観念」とも思わずにー。

 

つまり冒頭に戻ります。

「固定観念が強い」→「人の話を最後まで聞かない」→「自分語りをする」→「固定観念がますます強くなる」→

 

このおばさんループは、どこかで断ち切らないと永遠におばさんのままなのだ。

 

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私は、68歳くらいでおばさんのエグミがとれて少女性を取り戻し、『ガーリーなおばあちゃんになる』予定なので、このループにハマらないようにしたい。

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