向田邦子作品の楽しみ方 大人になってわかること

向田邦子作品の楽しみ方 大人になってわかること

向田邦子さんが亡くなって38年。

1981年当時13歳だった私は、今年向田さんが亡くなった年齢になった。

テレビドラマの脚本、エッセイ、小説ー。
向田邦子さんが残した作品は今でも、いや、この歳になった今だからこそ、その面白さがわかるようになった気がする。

 

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向田邦子作品の面白さ

向田邦子さんの作品は、なんでもない日常を題材にしたものばかり。

そのなんでもない日常の中にある「書きにくいこと」をサラリと書きぬいている。

女性がまだ「家の中」にいるのが一般的で、男の浮気や不倫にも寛容(?)だった古き良き昭和ー。

そんなふうにノスタルジックな気持ちで読んでいると、思わずドキリとさせられる。
この時代の人々ー、特に女性たちが「慎ましさ」の裏に隠していたさまざまな思いにドキリとさせられるのだ。

 

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向田邦子さんと母の想い出

私の母は向田邦子さんが好きで、小説やエッセイをよく読んでいた。

その記憶があるからかもしれないが、向田作品に描かれた昭和の生活や人間像、男女関係、女の心理は、私が抱く母の記憶につながっている。

 

向田作品の舞台となったのは、「察する」や「推しはかる」が当たり前の時代。
そこに登場する人々は、いちいち自分の思いを口にはしない。
その口にしない思いを補いながら読んでいくのだが、完全に補いきれるわけではない。
「え、そんな風に思ってたの?」と思うことがある。

この「え、そんなこと思ってたの?」「そんな風に人を見てたの?」という気持ちこそが、私が子供時代に母に対して何度も抱いたものだ。

 

子どもの私が表面的にしかとらえられないことの「裏」や「奥」を見ていた母。

「○○は、実は△△よ」と教えてくれるわけでもなく、「裏」や「奥」を大人(の母)は知っているー、ということを短い返事や溜息、視線で漂わせるだけだった。

 

そんな母を鋭いなとも思ったし、なにより意地悪だなと思っていた。

 

私は母のことを、ずっといろいろ口うるさく言う人だと思っていたけど、実は言わない人だったのかもしれない。

よく見ている人で、私のウソやごまかしはいつも完全にバレていた。

ゲンコツが一つ「予告」し、「同意を得」て喰らわされ、「こっちの手も痛い」という母の言葉で終わり。

そんな風に何度も怒られた。

 

「お母さんはこう思うわよ」と切々と教えられた記憶はない。

昭和の人らしく「みっともない」の一言が、注意であり、叱責であり、期待だったのだ。

ときには、世間や周囲の人々への妬みや嫉みの気持ちまでをも、その「みっともない」に込めていたのかもしれない。

 

向田作品といえば父

私には母の記憶につながる向田作品だが、作品自体は母ではなく父を描いたものが多い。

TVドラマ『寺内貫太郎一家』の父、貫太郎(小林亜星演)のような頑固で寡黙な昭和の男。

 

いまだにいるこのタイプの男性は、「世の中ってこんな仕組みでしょ」「ずっとこんなふうにやってきましたよね」「それでうまく行ってましたよね」という男社会の遺物にしか見えないけど、向田作品の中の男性は、ちゃんともっと複雑。

子供の頃から父がいなかった私に、男の寡黙の真意を教えてくれるのだ。

 

<関連記事>

◆父のいない家族の物語はこちらもどうぞ

 

大人になってわかる 言葉にしていないことを読み取る面白さ

自分の考えや思うことを、身近な人や知らない相手にも「言葉」で伝えることが必要になった時代。 しかも「わかりやすく」。

わかりやすい言葉で、誤解されないように、そこには「裏」や「奥」なんてあってはいけない。

 

でも、そんなふうにいちいち気持ちを伝えられるのは、正直「説明されている」ようでうんざりしてしまう。

 

言葉にしていないことを読み取ったときに,ハッとしたり、ニヤッとしたり、ゾッとしたりー。

 

向田邦子作品を読むのが年々面白くなるのは、言葉にしがたい、したくない、してはいけない思いが、自分の中に蓄えられていくからかもしれない。

 

◆代表作の一つ 長編小説『あ・うん』

 

◆エッセイの代表作『父の詫び状』 向田作品の真骨頂

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