個人の感想だから何を書いてもいいのか? ブログの映画評・書評を考える

個人の感想ブログ作りとライティング
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このブログのおもなコンテンツは、映画や本の感想です。

ちょっとカッコつけて「映画評」とか「書評」とか言っておりますが、要は私個人の感想です。

「この映画(や本)はこんなあらすじですよ」とザックリ紹介して、この映画や本で「私がどう思ったか」というスタイルで書いています。

 

あくまでも個人の感想なのでー、と怪しい健康食品のCMさながらの「逃げ」をおいておきたいところですが、あえてブログに書いて残す以上、「書いて残す意味」を安易に考えたくはありません。

 

個人の感想に「正解」はないけれど、個人の感想だから何でもいいのか、わざわざ書き残す感想がそれでいいのか。

を真面目に考えます。

 

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「感想」を残したいから映画評や書評を書く

映画や本の概要や情報をまとめたサイトは数多くあります。

「どんな映画だったのか」や「誰がいつ頃書いた作品か」などの情報は、ネットを参考にすればすぐにわかります。

映画評や書評を書く際は、作品によってあらすじをどこまで詳細に書くか、ネタバレをどうするか、といったことを考えながら、作品の良さが最大限に伝わるような書き方を心がけていますが、これは「修練」や「慣れ」でなんとかなるものです。

 

それよりも難しいのは「感想」です。

私が映画評や書評を書く目的は、作品の情報だけでなく、それを見た(読んだ)自分の「感想」を残しておくことです。

これは自分が書いて残さなくては、どこにあるものでもないので。

 

が、「自分がどう思ったか」という自分自身のことなのに、なぜこんなにも難しさを感じてしまうのでしょうか。

 

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書いて残したい「感想」がその程度のものでいいのか?

映画を見たり本を読んだ後には、「あー面白かった」や「ちっ、つまんねーな」というシンプルな感情があります。

この感情をあえて書き残すために、「どこが面白かった(あるいはつまらなかった)のか」「なぜ面白いと思ったのか」という「感情を引き起こした理由」を考えます。

 

さらに、「面白い」や「つまらない」をもっと具体的に細分化して言うとどういう気持ちなのか、を考えます。

そして「面白い」や「つまらない」を細分化した気持ちを的確に表すにはどんな言葉を用いればいいのか、自分の気持ちを表現しうる語彙についても散々悩むのです。

 

が、根本の問題はそこじゃない。

根本は、感受性の問題 です。

 

「面白い」や「つまらない」だけではない豊かな感受性を持っているか、に直面するのです。

 

映画や本を通じて自分が何を思い、何を体験したのか。

捉えきれていないものをうっすらと感じながら、それを書き表すことができない力のなさをイヤというほど思い知らされるのです。

 

これが、映画評や書評の醍醐味なのかもしれませんが。

 

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個人の感想だからこそ大切にしたい

プロや専門家でもない、「個人のブログ」の「個人の感想」なのだから「何を書いてもいいんじゃない?」という穏やかな意見もあります。

 

けれども私は、この穏やかさの中に「無責任さ」と「厚かましさ」を感じてしまいます。

個人の感想だからこそ簡単には考えたくないのです。

 

 

私が書いた映画や本の感想を作者が目にすることはほぼないでしょう(故人も多いので)。

 

が、もし届くとして、その感想が「面白かったです」「サクッと読めました」であったら、作者はどう思うだろう。

 

見る人や読む人の心に、その程度のことしか思い起こさせることができなかったのだろうか。

ホントに伝えたいことが伝わっていないんじゃないか。

サクッと読むな! もっと頭と心を使え! そんな陳腐な感想ならいらんわ!

 

と思うかもしれません。

 

作者や作品への思いは、陳腐な感想や安易な賛辞ではなく、自分の頭と心を最大限に使った「個人の感想」として届けたい。

 

「個人の感想だから何を書いてもいい」という逃げはない。

 

「個人の感想」こそが個人ブログの生命線だと思うのです。

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