「不倫を公表」に学ぶ、情報と表現のチグハグさ

小泉今日子モロモロの書庫
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小泉今日子さんの「不倫公表」(2018年2月)は、さまざまな反響を呼びました。

当初はアラフィフ世代を中心に「キョンキョンらしい」と擁護ともとれる声もありましたが、日に日に形勢は変化し、その擁護発言もろとも非難されるようになりました。

ま、何かあると、世間の意見がガーっと一方向に流れるのはいつものことですが―。

 

今回は、「情報と表現方法がチグハグだと信用できないよ」という話です。

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情報の「質」と表現方法のチグハグさ

小泉さんが非難される原因は、不倫という事実はもとより、それをあえて公表するという行動をとったことでしょう。

 

普通は隠しておくべき「不倫」をあえて「公表」する。
どういう真意があるのかは分かりませんが、「不倫を公表」にはかなりの違和感があります。

しかも、かなり潔く「公表」しました。

不倫という言葉を意図的に避けたのか「恋愛関係にある」と明言し、文書発表後も逃げも隠れもしません。
お相手の豊原さんも記者会見を開きました。

 

ふたりの「責めは受ける」「責任は負う」「石をぶつけてくれ」という堂々した態度は、居直りにも映り、「奥さんへの宣戦布告か!?」とか「結婚を考えてこのタイミングなのか」といった憶測を呼ぶことにもなりました。

小泉今日子という「潔いイメージ」のまま、潔くしてはいけない「不倫の公表」に踏み切ったチグハグさの代償は、予想以上に大きいのかもしれません。

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情報の「量」と表現方法のチグハグさ

一方、世論を味方につけたコメンテーターたちにもチグハグさがあります。

 

小泉さんが情報の「質」を見誤ったことに対し、こちらは「量」です。

「恋愛じゃなくて不倫でしょ!奥さんの気持ちを分かっていない」
「二人とも自分に酔ってるだけ」

こうした語気の強い発言ほど、実は情報量が少ないのです。

「不倫はいかん!」とか「不倫で傷つくのは家族」という、世間的に当たり前のことを力強く言っているだけです。

当たり前のことを力一杯言える力って、ある意味スゴイです。

「自分胸に手を当ててみて、心臓が鼓動を打っているわ!」です。

 

この一件で、わたしがもっとも不可解だったは、豊原さんが「離婚していることにされていた」こと。

これ、怖くないですか?

小泉さんがコメントにもある「そのためにご家族の存在自体が伏せられたような形で報じられ―」の部分です。

「アラ、離婚されてるんですよね」と、ガチで聞いてくる人はいないかもしれませんが、好き勝手に詮索したり噂したりする人は、どこにでもいます。

「存在自体が伏せられる」って、生活への影響がなかったとは思えません。

 

小泉さんたちは、「離婚していることになっている」ことに対して、「そうではない。家族はいます。家族は存在しています」ってことを、むしろ、ハッキリさせたかったんじゃないでしょうかね。あ、小泉擁護ともとれる発言です。

 

家族の存在を伏せた裏側には、小泉さんの元の所属事務所への忖度があると言われています。

忖度するがゆえに、たいした情報提供ができず、そのことをごまかすように声高にバッシングする。情報量の不足を「センセーショナルぶった表現」でごまかしているようにしか見えません。

 

小泉さん「ホントは隠しておくべきことだけど、正々堂々といたいから公表するわ」
メディア「しがらみでつつけないことが多いから、とりあえず当たり前のことを大声で言っとくか」

 

わたしたちは、いったい何を見せられていたのでしょう―。

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