ノウハウ系ブログに「悩みの答え」を求めてはいけない

共通理解明日のヒントを映画で
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私のお気に入りの映画『ノーカントリー』(コーエン兄弟監督)を見た知人から、「あれで終わり?って感じやった。意味が分からん」と残念な感想を聞かされました。

ま、人の感想をとやかく言ってもしょうがないのですが、映画のメッセージが多少難解であることは認めるとして、「意味が分からん」とはナニゴトですか!

「意味が分からん」類似語に「何が言いたいかわからん」「答えがない」などがあります。

映画に限らず、コンテンツに対する評価を、こんな言葉でブッタ斬った気になっていませんか?

 

世の中にはハッキリとした答えがないことはたくさんあります。

「大学を辞めたい」「仕事を辞めたい」という悩みもそう。
なのに、いわゆる「ノウハウ記事」や「ハウツー記事」にその答えを求めていませんか?

納得のいく答えが見つからなかったり、自分の考えが全否定されるように思うのは、「前提となる共通理解がない」、もしくは「ズレている」からかも。

 

本当に納得できる答えを求めるなら、前提となる共通理解を軽視してはいけない。

安易に答えを求めようとするあなたにお届けします。

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前提となる共通理解がなければ、すべての映画は駄作となる

映画『ノーカントリー』(2007年)について、少し補足します。

 

麻薬取引をめぐる殺しを目撃してしまった男が、現場から金を盗みとったことから、アメリカとメキシコ両国の麻薬組織に追われる話です。

で、アメリカ側が雇った殺し屋がアントン・シガー(ハビエル・バルデム)。
家畜を屠殺するための超強力なエアガンと圧縮ボンベを携えたシガーがめっちゃ怖い。
どこまでもしつこく追ってくるし、家族も目撃者も皆殺し。ヘンな髪形で、潔癖症。

 

シガーは、なぜそそこまで執拗に追うのか?目的は金?殺すこと?

しかし、映画ではシガーの心理描写や背景にあるものには一切触れていません。

「よくわからないものの恐ろしさ」だけが、見るものを追い込んでいくのです。

 

 

この映画の原題は、「No Country for Old Men(それは老いたる者たちの国ではない)」

古き良き時代は過ぎ去り、「殺しや戦争は、もはや世界の一部である」、という意味と、私は解釈しています。

シガーは、淡々と容赦なく暴力や犯罪に巻き込んでいく社会そのものであり、抗いようはない。

 

こうした解釈を「前提の共通理解」とするのと、「殺しはいかん!」みたいな勧善懲悪の前提では、まったく感想が異なってきます。

後者では「意味が分からん」となってしまうのでしょう。

 

――――――――

 

独特のせりふ回しと、ラストが強烈なインパクトを与えた映画『レザボアドッグス』(1992年)

 

この映画は、誰が誰を信じ、誰を疑いー、という人間関係の裏側が回想シーンで明らかになります。

しかし、「なぜそこまで信頼するのか?」という問いには明確には答えてくれません。

揃いのコスチュームに身を包み、本名を明かさずカラーで呼び合い、延々とくだらない話をするクズ男たちー。彼らが貫きたい「男社会の美学」こそがこの映画の魅力であり、前提となる共通理解でしょう。

そう思えなければ、「人がめちゃくちゃ殺しあうだけの映画」ですから。

 

 

 

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すべての情報を「ノウハウ記事」の感覚で読んではいけない

ココからはブログの話です。

一般的なブログ論、ブログ手法では、リード文に続く1章目を「○○とは」とするのはダメといわれています。

特に「やり方」や「方法」に導く「ノウハウ記事」では、わざわざ「○○」の概要の説明しなくても「共通理解」が得られています。

説明は、あっても読み飛ばされるか、最悪、サイトから離脱されてしまうリスクすらあるものです。

 

しかし、人々が知りたいことは、「共通理解」の上に立つものばかりではありません。

短い期間に急激に変化している社会では、地域性や文化、時代背景によって価値観が異なるものが混在しています。

働くことに対する考え方や、子供の育て方、病気や老いに関することの価値観は多種多様です。

これらの情報を、「ハウツー記事」の感覚で読むから、納得いく答えに行き当たらないのです。

しかし、このことの問題は記事側にもあります。

多様な価値観を含む話題ですら、前提となる共通理解を端折り、困っている人や迷っている人が受け入れやすい安易な「解決策」だけを提示するブログ記事はごまんとあります。

 

「仕事辞めたい」を例にとっても、仕事や生活、経済状態、教育などの背景はさまざまです。

それらの「前提」の違いを無視し、「辞めたい」だけを共通理解とし、答えになっていない答えで煽り立てる記事は少なくありません。

「仕事がツラい。でも、まだ入社して3ヶ月なんだけど辞めても大丈夫だろうか?辞めたらどうなるんだろう?」

という悩みに対し、

「大丈夫!」
「辞めても生きていける」
「働き方はいろいろある」
「自分も同じ状況でしたけど、いま超ハッピーだからあなたも大丈夫です」
「今のままだと何も変わりませんよ、まず行動しましょう」

という「答え」です。

ホントにそこに共通理解があるのでしょうか?

ただ無責任なだけのように思えてなりません。

 

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ホントにその共通理解で合ってる?

もう一度、話を映画に戻します。

 

映画の中には、「答え」を知ることでガラリと見方が変わってしまうものがあります。(もちろん作り手の狙いです)

 

映画『君が生きた証』(2014年)は、学校内で起きた銃乱射事件で息子を失った男が、バンド活動を通じて息子と自分自身を再生させていく話です。

<ネタバレは最小に>この映画は途中で重要な「答え」があり、そこから先の物語の見え方が大きく変わります。

もちろん後半にこの映画の本当のテーマがあります。

 

 

もう一つ、映画『ハーバー』(2001年)

 

この映画は、話が完結する寸前でトンデモナイ「答え」をぶち込んできます。

これによって、「ここまで見てきた話は何だったんだー」と、もう一度、理解を再構築しなければならなくなり、そこを経てようやく理解、納得にたどり着く仕掛けです。

つまり、ずっとニセの共通理解でミスリードされていた、というものです。

 

 

このように、答えを知ることで、ものの見方や理解が大きく変わることがあります。

答えにつながるのは「共通理解」であり、この情報がどういう前提で語られているかは絶対に軽視してはいけません。

 

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まとめ

人の悩みは複雑です。

納得のいく答えが得られない原因は、共通理解や前提のズレを無視して、ノウハウ系ブログに手っ取り早く分かりやすい答えを求めすぎているからではないでしょうか。

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