歴史ものになぜ惹かれるのか/無節操なチョイス/人生は思うようにはならない

まんざらでもない日記

2020年8月6日

 

私が通っていた高校には歴史の授業がなかったー、というのは大ウソで、あるにはあったけれど、おそらく若人のその後の人生になんらかの影響を与えてはいけないという教育的配慮が施されていたー、というのももちろん大ウソで、要は私が勉強しなかっただけでの話である。

 

で、歴史がわかっていないからといって日常生活で困ることなど何一つない、ナンてことを思っていたけれども、卒後30数年の時を経て、ようやく歴史の大切さと面白さがわかってきましたよ、先生!

って、どんな先生だったかも覚えていないし、多分もう亡くなられているだろうな。

 

年々映画や本の好みが変わってきて、歴史方面に傾いている。

世のオッサンたちが歴史小説や映画を好む理由は当時JKの私にはまったく理解できなかった。

けれども今はハッキリとわかる。そこに理由はない、自然とそうなるのだ。

なぜ自分がオバチャンではなくオッサンになっていくのかはナゾですが。

 

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何かの研究をしているわけでもなく、教養のためというわけでもなく、純粋に趣味として歴史ものを見たり読んだりするので、そのチョイスの無節操さにはわれながら驚かされる。

 

映画『サンストローク ロマノフ王朝の滅亡』(2014年)は、ロマノフ王朝ものというよりも十月革命の話(『サンストローク 十月革命の記憶』という邦題もあり)。ロシア内戦によって敗れる反革命派の軍人を描いたロシアの巨匠ニキータ・ミハルコフ監督作品。

退屈なシーンが長めのこの映画。全編に漂う破滅的な美しさは巨匠の腕もあるけれど、ロシアの歴史そのものが生み出しているように思える。

 

ニキータ・ミハルコフ監督作品は『太陽に灼枯れて』(1994年)と続編の3部作を見たい。

 

『とはずがたり』は、鎌倉後期に書かれた後深草院二条の随筆。
後深草院の女房兼愛人の女性二条が自身の恋愛と人生の苦悩を赤裸々に「ただ書きたかっただけ。それだけのこと」(佐々木和歌子訳/光文社古典新訳文庫)と綴ったもの。

内容もさることながら、昭和13年に発見されるまで埋もれていたという数奇さにもビックリ。

 

そして2012年に亡くなった若松孝二監督の映画2本。

『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007年)と『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2012年)

ともに1970年代前半の学生運動や革命思想を描いた作品。

荒っぽくて安っぽい作りもまったく気にならない、ある種の強烈なエネルギーは、描かれている時代の空気そのものなのかもしれない。

 

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無節操に選んでいるものの、これらには共通点があることに気づいた。

『サンストローク』の軍人も、『とはずがたり』の二条も、帝政による華やかな日々を懐かしみつつ、それがもう戻ってはこない日々だとわかっている。そこには崩壊していくことを受け入れ、真に朽ちようとする退廃の美しさがある。

若松監督映画に描かれている革命を志す若者や、三島由紀夫もそう。

自分の理想とする世界が手に入らないとわかった人間たちの、愚かで刹那な生き方は、理解も共感もしないけれど、魅せられてしまうのだ。

 

人生は思うようにはならない、ということだろう。

オッサン(化した私)が歴史ものに惹かれるのは、それを思い知ることで、むしろ心穏やかになれるからかもしれない。

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