『同志少女よ、敵を撃て』 逢坂冬馬 なぜ少女たちは武器を持って戦地に立つのか

本と読書

2022年の本屋大賞や選考委員全員が満点をつけたアガサ・クリスティー賞の受賞ほか、大きな話題となった『同志少女よ、敵を撃て』 これがデビュー作とは思えないクオリティと、奇しくも今起こっているロシアによるウクライナ侵攻につながる”戦争”を描いた本作。必読の1冊です。

『同志少女よ、敵を撃て』の内容紹介

独ソ戦が激化する1942年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、突如として奪われた。急襲したドイツ軍によって、母親のエカチェリーナほか村人たちが惨殺されたのだ。自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。「戦いたいか、死にたいか」――そう問われた彼女は、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために。同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに訓練を重ねたセラフィマは、やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。おびただしい死の果てに、彼女が目にした“真の敵”とは? 

『同志少女よ、敵を撃て』早川書房より

個性際立つ登場人物たち、臨場感あふれる戦闘シーン、読みどころが満載

映画『ロシアン・スナイパー』(C)2015 Kinorob., Ltd (C)2015 Film Company New People., Ltd

第二次世界大戦の独ソ戦。ナチスドイツとソ連の苛烈極まる戦いは、映画やドラマ、ドキュメンタリーでも数多く描かれてきました。(写真:映画『ロシアン・スナイパー』実在した女性狙撃手リュドミラ・パブリチェンコを描く)

本作『同志少女よ、敵を撃て』はその最前線が舞台とあって、戦闘シーンの臨場感はただならぬものがあります。が、ただの戦争ものじゃない面白さ。それは主人公が少女であるという1点にあります。

親や故郷を奪ったものへの仇、訓練学校で育まれるキャラ立ちした仲間との友情、反目と信頼が混在する上官への感情、さらに敵兵の愛人になって生き延びる女性の存在、こうした”読ませる”要素が小説全体をグイグイ引っ張っていきます。

「これ映画化するならだれをキャスティングする? 」なんてことを思いながら読んでしまうエンタメ的な面白さにあふれているのです。(ちなみに私のキャスティングは、主人公セラフィマにフローレンス・ピュー、上官イリーナにクリスティン・スチュアート、貴族出身の狙撃手仲間シャルロッタにアニャ・テイラー=ジョイ、仇イェーガーにリチャード・マッデンです)

が、読み進めていくうちに、そんなワクワクした味わいは消え去っていきます。

なぜ少女たちは武器をもって戦地に立つのかー。

評)大きく語ることで見失ってしまう戦争の現実

本作を執筆するきっかけにもなったというアレクシエーヴィッチの『戦争は女の顔をしていない』 
その本が訴えるように、戦争は作戦や武器、戦績など男社会の成果として語られたり描かれたりしてきました。『同志少女よ、-』は、まさに『戦争はー』のインタビューに答えた元女性兵士たちの物語です。

なぜ戦うのか。少女たちは戦争の犠牲者となる女性たちを守るためと答えます。が、狙撃兵ならではの孤独と緊張、味方の中にも監視役を置く祖国の統制、男性部隊からの蔑視。そんな過酷な環境の中で少女たちは「泣けなくなる」のです。

純朴な少女のような彼女たちが、銃を手にした瞬間、異様な目の輝きを見せ、そして敵兵を借る喜びを語り合う。<中略>普通の少年や少女たちを、まるで別人の戦士のように仕上げる何か。

『同志少女、敵を撃て』より引用

普通の人が戦士となる「何か」とは。2022年、ロシアによるウクライナ侵攻と切り離して読むことが難しいものでした。

両国に限らず、軍に従事し、戦地で戦う女性たちが数多くいる今、「女性なのに」ではなく、「女性でも」に見方は変わってきました。そこに「女性だから」、さらにはそれぞれの「私だから」があることにあらためて気づかされます。キャラ立ちした登場人物たち一人ひとりにそれぞれの戦争体験があるように、ロシアが、ウクライナが、女性が、男性が、と大きく語ることで見失ってしまう戦争の現実を考えさせてくれる『同志少女よ、敵を撃て』。ぜひ。

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