Dinksとは、お金や時間に対する価値観から、あえて子どもを作らないライフスタイルを選択している「共働きの夫婦」のことです。世帯収入が多く子供にかかるお金もないことから、Dinksは「経済的に余裕がある」と言われています。
が、わたしは40代半ばでその経済的余裕があるDinksから、あえて専業主婦になることを選びました。なぜなら「老後が心配だったから」です。
Dinks感覚のまま老後を迎えることへの不安
フルタイムでバリバリ働く毎日を送っていた私ですが、主婦としてはかなりの低スペックでした。
家事能力0!
残業が多く心身共にハードワーク。家に帰ってから食事を作る気力はなく、夕食はスーパーの総菜やコンビニ弁当または外食がほとんど。食材の配食サービスを利用した時期もありましたが、その食材すら調理できずに廃棄していました。休みの日に「作り置き」を頑張ってみましたが、予想通り長続きはしません。
掃除は細かいところは超手抜き。洗濯は「洗濯・乾燥コース」が当たり前。干すのすらしんどい……。
職場では、「5S」とかウルサイこと言ってましたが、家では「整理、整頓、清潔、清掃、(自分自身の)しつけ」のどれ一つとしてまともにできない「0S主婦」でした。
貯蓄0!
どんなに日本の消費が冷え込もうとも関係ないのがDinksです。子供の教育費がかからないため、2人で稼いだお金はすべて2人のもの。家を買い、車は普通車を2台所有。テレビやパソコンはなぜか2台以上あります。
海外旅行に行ったりブランド品を買いまくるわけではないので無駄遣いをしている感覚はなかったのですが、欲しいものがあるとよく考えずにすぐに買ってしまう状態でした。「仕事を頑張ってるんだからイイじゃない。自分へのご褒美よ」というアレです。「お金は稼いだ分だけ使うもの」「ほしい時が買い時です」
こういう金銭感覚だったため、自分たちの稼ぎの中からの貯蓄は、ほとんど「0」でした。
人間関係0!
人間相手の仕事で毎日毎日、濃厚な相談や調整で魂を消耗。なので「人間関係は職場だけで充分!」と思っていました。子供がいないため近所に「ママ友」もおらず、学校関係はもちろん、地域の行事にも不参加でした。
そんなある日、地域の「防災訓練」に10数年ぶり2回目の参加したものの周りはほぼ知らない人ばかり。「えっと、お宅はどちらの……」「新しく引っ越してこられた方?」と話しかけられるありさまです。
これはいかんっ!万が一、災害が起きて避難が遅れても、誰にも気づいてもらえん! 事件に巻き込まれても、目撃者証言を得られんじゃないか! と心配になるほど、地域では人間関係「0」状態でした。
Dinksでも、家事能力や金銭感覚が破綻していないバランスのとれた生き方をしている人もいるでしょう。しかし、私はそうではなかったのです。
「家事能力もなく金銭感覚がおかしな近所の怪しい人」だったのです。
まっとうな老後を迎えるための課題

このままでは老後は間違いなく大変ことになる。そう考えた私は、まず己の立て直しを試みました。
・金銭感覚の抜本的な立て直し
・地域参加と貢献
安倍首相(当時)がうやむやにした「3本の矢」よりも、はるかに現実味のある策です。
『ESSE』とか『サンキュ!』とか、それまで一度も手にすることのなかった主婦らしい雑誌を買い集め「節約料理」を研究。できるだけ安いスーパーで食材を買い、大根の皮まで捨てずに使う。電気やTVのつけっ放しをやめる。家計簿もつけ始めました。しかし、そうしたチマチマした「節約」は、「仕事の疲れ」の前では、まったくの無力。
「今日はスゴク忙しかったからお弁当でいいよね」
「部屋が散らかっていても死なないけど、いま掃除すると死ぬね」
「今月も収支が合わんけど、使途不明金っちゅうことで……」
そういって1本目の矢をこの手でへし折ろうとしたそのとき、「そうだ、断捨離をしよう」と思い立ったのです。半年ほどかけて、かなりの不要なものを処分。
そのなかで、私の周りには、
・職場の人間関係の対面を保つためのもの
・仕事のストレスを解消するためのもの
がやたらと多いことに気づきました。そして、まったく「ときめかない」これらが、果たして自分にとって「必要なものなのか」と。
まとめ

「このままでは老後がヤバい」→「家事やお金の管理をちゃんとしよう」→「断捨離してみた」→「いらないものの根っこにあるのは『仕事』かもー」
だからと言って、仕事を簡単に捨ててしまうことはできません。仕事を辞めてはたして生活していけるのか? 生活資金はどうするのか? この見通しをたてて、私は専業主婦になりました。
その見通しについては、こちらをどうぞ。