「書けない」のは「書かないほうがいい」からと知る/映画メモ

まんざらでもない日記

2022年7月13日

書く気になれなった先週末以降。
8日(金)の安倍晋三元首相の襲撃事件はとてもショックな出来事だった。

日本でこんなことが起きるとは想像すらしていなかった。事件直後からTVもSNSもそれ一色となり、さまざまな情報が飛び交った。そんな中、何も書けなくなってしまっていた。驚きも悲しみも言葉にすることができなかった。

土曜日、日曜日と時間が経ち、事件の背景が明らかになっていった。宗教団体がらみという犯行動機がネットの両翼を刺激していた。事件現場や葬儀会場には献花や弔意をささげる多くの人が集まっていた。TVは元首相の功績を讃えていた。

こんなときだからこそ自分の気持ちを書いておかなければと思った。

が、感情のままに書こうとしてもどうにも進まない。出来事自体はとてもショックなことだけれど、泣くほど悲しいわけでもないし、これで日本の未来が変わるような不安を感じているわけでもない。

そう思うと、どんどん心が冷えていって自分は薄情な人間なのではと心配になった。なぜこんな事件が起きたのか、事件の背景には何があるのかを冷静に見なければならない、そんな気がしてきた。

宗教団体と安倍元首相や自民党等の深いつながりを指摘するリベラル派の意見。そうした「批判」が”アべガー”を作り出し、犯行の引き金になったと指摘する保守派。ネットの情報だけで判断するのも良くないので本でも読んでみようと思いー。

が、なんだかそれも違うな、と。

いまの状態で自分の見解を文章にしてしまったら、きっとその見解を「間違っていない」と思いたくなる。自分の考えを補完する情報ばかりを集めてしまい、いわゆるフィルターバブルの状態に陥ってしまうのではないか。

感情のままに書いた散文のような日記を消した月曜日。一転、事件の背景と社会への影響を書こうとしたけれど、自分がホントのそう思っているのかわからなくなって、またまた書いたものを消した火曜日。そして今日、水曜日。この数日のあいだ、無理に書かなくて良かったと思っている。

この数日の思いは、この先映画を見たときに、本を読んだときに、なんらかの思いとなって蘇ってくるだろう。つらい経験だったけれど、大事にしたいと思う。

(*7月11日月曜日はストックの映画レビューを公開しました) 


先週前半に見た映画について覚え書き。

・映画『ストレイ・ドッグ』(2018年)

過去の潜入捜査の失敗を引きずる女性捜査官の隠された真実を描く。これがあのニコール・キッドマン!?と驚きの変貌。ストーリーも見ごたえあり。

・映画『エンドレス・ルーーープ』(2022年)
1998年のドイツ映画『ラン・ローラ・ラン』をインドでリメイク。彼氏の窮地を救うため走りまくるヒロインが魅力的。

・映画『選挙の勝ち方教えます』(2015年)

2002年のボリビア大統領選に挑むアメリカ人コンサルを描く 邦題からイメージするようなコメディ要素は薄い。スクート・マクネイリーが”らしい”役で出ずっぱりなのが嬉しい。

・映画『mid90s ミッドナインティーズ』(2018年)
背伸びしたい年頃のスケボーキッズと90年代の社会背景に胸がヒリつく青春映画。スタンダードのアスペクト比やざらついた画質もなるほど、の秀作。

レビューは後日に。

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