『中年だって生きている』酒井順子  新・中年女性論

『中年だって生きている』酒井順子  新・中年女性論

『中年ではあるが、おばさんではない』と思っている新種の中年=バブル世代」(本書より)に、ドンピシャでハマる私。

自分は間違いなく中年なのに、世の中の「中年像」にギャップを感じ、「ギャップがあるってことは、自分は中年じゃない、中年っぽくはないってことよね」という、実に都合のいい思い込みをしておりました。

 

で、なぜこんなギャップを感じるのかー。

 

私側の問題はさておき、世の中の「中年像」のほうに問題があるんじゃないかと思うしだいです。

 

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おばさんでもない美魔女でもない「中年女性」

世間一般の「中年女性像」とは、母性に溢れ、世話好きで、声が大きく、手を叩きながら笑う。なぜか「飴ちゃん」をくれたり、アニマル柄をチョイスしたりー。

いわゆる「おばちゃん」「おばさん」のイメージです。

 

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しかし、この「中年女性=おばさん」に異議アリ!と、かっさプレートを片手に、10㎝のピンヒールで立ち上がった女性たちがいる。

 

「美魔女」です。

 

美魔女は自分の世話に明け暮れ、大声をあげながら手を叩くのは、なんちゃらヨガとかなんちゃらトレーニングの最中くらいでしょう。

「飴ちゃん」をくれるかどうかはまったくわかりませぬが、美魔女が「おばさん」の対極にあることは間違いない。

 

で、私はどちらでもない

 

おばちゃんでもなければ、美魔女でもない。バリバリのキャリアウーマンでもキラキラ企業女子でもないし、肝っ玉母さんでもない。

ミニマリストでもエコロジストでもナチュラリスト主婦でもない。

 

どこにも収まらない自分を抱えたのまま「中年」になってしまったのだ。

 

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中年女性としてどうありたいのか

本書『中年だって生きている』の著者、酒井順子氏は、「独身」や「子なし」の視点で多くの著書がある人気エッセイスト。

酒井氏もまた「おばちゃん」でもない「美魔女」でもない中年女性の一人だ。

 

酒井氏曰く、「中年は中学生とネガ・ポジの関係にある」という。

つまり、中学生が心身共にちゅうぶらりんで、醜さを晒しながら成長してきたように、中年は同じようにちゅうぶらりんで、醜さを晒しながら老化、衰退、成熟していくー、と。

 

本書を読んでいると、スヌーピーのTシャツの危険さにハッとしたり、新人看護師が入ってくるたびに周りからの扱いが厳しくなった昔を思い出してジーンとしたり、ぬぐい切れないバブル臭が心配になったり、心が騒がしくなる。

 

女性の寿命は、今や90歳に届こうとしている。

「老年」の期間が長くなることについては、社会問題としてアレコレ言われるが、その前の長い「中年」の期間をどう生きるかという「個人」の問題のほうが切実に思えてきた。

 

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世間の「中年女性像」にハマらないと言う私自身は、中年女性としてどうありたいのだろうか。

「中年だからー」という諦めや開き直りではない「理想の中年像」に近づけるのだろうか。

そもそも、本当に「中年」ということを受け入れているのだろうか。

 

この本を胸に今日も考える。

 

 

 

 

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