ブログの〇〇報告/イケてるマダムのブログを読む/暴力の代償と芸術

まんざらでもない日記

2022年4月11日

ふと思い立ってこのブログの”ページ表示速度”なるものをチェックしてみた。
表示は早いに越したことはない。なかなか開かないページにはイライラする。で、「Google PageSpeed Insights」でチェックしたところモバイルが30点台という結果。うーん、どうしたものか。

5年目になるこのブログはサーバーを借りていること以外、経費もかけず、完全自前での運営。
幾多のトラブルに見舞われながらもどうにかこうにかやっている。”CSS”とか”JavaScript”とか実は全然わかっていないし、わかっていなくてもやれるモンだな、なんて思っている。

そんなこんなで今回もネットの情報を頼りに、Wordpressのプラグインを追加して不要な”CSS”とか”JavaScript”を削除。画像を次世代のフォーマット”WebP(←もちろん意味不明です)”に置き換えた。広告(Googleアドセンス)も「関連コンテンツ」から変更され広告ばかりになった「Multiplex 広告」をやめた。そんなこんなで30点台→50点に回復。

PVとか収益とか「運営報告」なんてことは一切やらないこのブログですが、たまにはこんなブロガーらしい活動もしております、という報告です。見出しが少々釣り気味な点も「ブロガーあるある」ということで大目に見ていただければ幸いです。


ブログつながりでもうひとつ。

もっぱら読み物として面白いブログを読む派だったのだか、最近、オシャレライフスタイル系(そんな系があるのかは知らんけど)のブログを読むようになった。

イケてるマダムたちのファッション、美容、インテリア、庭、料理、食器、お茶などのブログは不思議と気分が上がる。文章が「中央寄せ」のブログと身元がセミナー講師や何かしらのコンサルというものを除外すれば、おおむね好みのブログにあたることもわかった。

あるブロガーさんは、「ブログにはキラキラした部分だけを残すようにしている。後で自分で見直したときに愚痴や嫌なものがあると気分が良いはずがない」という。そりゃそうだよな。「見せない部分」があって当然だし、そこをほじくるもんでもない。

キラキラがブログを書く人自身と読む誰かの活力になれば、それでなにより。


話は変わります。
先のアカデミー賞授賞式でのビンタが大問題になっているウィル・スミス。アカデミー賞主催団体は今後10年間の授賞式等の参加を認めない「出禁」処分を下した。今のところ受賞した主演男優賞がどうなるといった話はなく、この処分で終わってくれれば、と思う。

「出禁」処分中でも映画出演は可能。”MeToo”運動で事実上追放されているウディ・アレンも映画『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(2019年)はアメリカでは上映も配信も見送られたままだけれど、日本ほかで大ヒット。最新作の『リフキンズ・フェスティバル(原題:Rifkin’s Festival)』(2020年)も海外の映画祭でプレミア上映されるなどちゃんと生き延びて(?)いる。

暴力の代償は大きい。けれども過去の作品や実績までもが否定されるものなのか。

ロシアの芸術を排除する動きにも同じことを思う。ロシアは芸術が国家や政治に異常に近接しているとはいえ、「ロシアだからー」で全否定するもんでもないよな、と思う。

ロシアといえばこの方、ロシア文学者の亀山郁夫さんの言葉をおいておこう。

例えば、私が研究しているドストエフスキーという作家の作品にしても、ことによると「もう読みたくない」という風潮が生まれてくるかもしれません。ただ、ドストエフスキーは、国境を越えて生まれてくるヒューマニティーというものをしっかりと作品の中に描き込んでいるわけです。それが”ロシアの作家だから”という理由だけではねつけられてしまうことは、避けなければいけないと思います。

NHK”その国”の芸術とどう向き合うか
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