2020年4月の「まんざらでもないまとめ」

月刊まんざらでもないまとめ

2020年4月。例年ならGWに突入しウキウキしている頃ですが、今年は状況が違います。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、全国に緊急事態宣言が出されている今、人の自粛をとやかく言う「自粛警察」なるものもあらわれ、世の中は殺伐としています。

そんな今月だからこそ「情報にどう向き合うか」を考える、まんざらでもないまとめです。

 

 

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「ネガティブ・ケイパビリティ」のススメ(4月12日 朝日新聞 文化・文芸欄より)

新型コロナウイルスについてさまざまなデマが出回る現状について、作家で精神科医の帚木蓬生(ははきぎほうせい)氏は「ネガティブ・ケイパビリティ」という観念から今の時代に必要な「生きる力」を語った。

 

(ネガティブ・ケイパビリティとは)
「生半可な知識や意味付けを用いて、未解決な問題拙速に帳尻を合わせない。中ぶらりんな状態を持ちこたえる力」
(その背景にあるものは)
「誰もが意見を表明しないといけないという強迫観念に駆られているから、『分からない』が許されなくなった」
(共感で特定の意見を増幅させるエコーチェンバーという現象に対し)
「自分の答えが正しいと思いたいという要請に世の中全体で、走っている。凝り固まっていくだけ」 (朝日新聞より引用)

 

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TVやSNSで目にする新型コロナ情報には、不用意に断定的なものが多い印象を受けます。

今のこの社会の状態が不安で耐え難いのは私も同じですが、こんな今だからこそ「正否」や「善悪」「損得」などの見方や結論に近づこうとせず、悩みに耐えたいと思うのです。

 

「(分かりたいという欲求の)言いなりにならないのが、知性。分からないという状況に耐え、悩むことは本来、価値がある知的な能力なので、恥じることではないんです」 (引用)

 

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香川県ゲーム条例へのパブコメ問題(4月16日 朝日新聞 社会欄より)

香川県のネット・ゲーム依存症対策条例へのパブリックコメントで、条例に賛成する意見の中に、同じ誤字(ゲーム依存“層”、条例に”に”)が複数発見され、特定の人物、端末から大量送信されたのではないか、と見られている。

 

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意見の「数」は力なのでしょうか。

「数」は真偽や正否、損得、ときには善悪の判断において最もわかりやすい情報です。
けれども、この一件のように「粗悪な数」は信用を失うことにもなるでしょう。

新型コロナ以前から、この国が発表する「数」は信用し難いものも多い。
「数」のわかりやすさに飛びつかず、「数」の背景や根拠を考える労力を惜しんではいけないと思うのです。

 

地方紙、シェアする時代(4月21日 朝日新聞 社会欄より)

地方紙が互いの記事を交換したり、共同制作したりする動きが広がっている。部数が減るなか、新たなコストをかけずに記事の幅を広げる試みだ。

 

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西日本新聞が2年前に作ったJOD(ジャーナリズム・オン・デマンド)の参加は全国20社に増え、記事の交換や情報の共有が行われています。

地域に限定した情報であっても、その地域以外に役立てられることもあり、こうした地方紙のネットワークは、ネット上の虚偽情報のファクトチェックの役割を果たすとも言われています。

記事にもあるように、新聞は購読者が減っている斜陽産業です。

が、このような地方紙の取り組みは、これからの情報共有、発信に有益な「共有、シェア」ではないか思いました。

 

今月のまんざらでもないまとめ

今月は新聞から記事をピックアップしてみました。

TVやSNSには、それ用に「尖った演出」をされた情報も多く、感情的に反応してしまいがちです。で、その感情のまま「自分も何か発信しなければ」となるのは怖いな、と。

 

#Stay home  #家にいよう は、身体だけでなく、心もそうなのかもしれません。

行ったこともない海岸に集まるサーファーや、パチンコ屋に並ぶ人々に憤ってみたり、見ず知らずの医療従事者に拍手を送ったり、身体が出かけられない反動のように心を動かしてしまうけど、今は、心も家にいよう。

 

自分のホーム(基盤、足元)で「何が大切なのか」をゆっくり考えながら過ごしたい。
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